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迎え入れる心を形にするアート作品のある玄関

玄関

第一印象ではなく、最初の呼吸の場所

玄関という場所は、訪れた人が最初に出会う空間です。けれど私にとって、それは「迎える場所」である以上に、「自分が帰ってくる場所」でもあります。一日の始まりと終わり、誰かを送り出すときも、静かに迎え入れるときも、この小さな空間が暮らしの節目をそっと整えてくれている気がしています。

そんな玄関に、小さなアート作品を置くようになったのは数年前のことでした。最初に飾ったのは、小さな陶板に描かれた抽象画。濃紺と灰色のにじみが重なり合う、どこか海のようで空のような、その曖昧な表情に惹かれました。玄関の白壁にふっと置くだけで、その空間に深さが生まれた気がしたのです。

帰宅してその絵が視界に入るたびに、ふっと肩の力が抜けるような感覚がありました。見慣れているのに飽きない、そしてその日ごとの気持ちをそっと映し返してくれる。そんな存在が、暮らしの入口にあることの豊かさを、私は少しずつ知っていきました。

ただ飾るのではなく、そこにいてもらう

アート作品を玄関に置くとき、私は「飾る」という言葉をあえて使わないようにしています。それは、どこか距離を感じさせる言葉だからです。私にとっては、住まいにいてもらうという感覚の方がしっくりきます。

小さな木彫のオブジェや、石を削った作品、季節ごとの花と一緒に置いた布張りの版画。どれも主張しすぎず、けれど確かにその空間の気を変えてくれる存在です。朝、家を出るときに目に入り、少し気持ちを整えるような作用がある。そして夜、ただいまと呟いて帰ってきたときに、「おかえりなさい」と静かに応えてくれるような優しさがある。

それはまるで、誰かに会うために着る洋服のように、その日その時の自分を包んでくれる装いでもあります。気に入った作品を玄関に置いてみる。それだけで、不思議と暮らしの姿勢が変わるような気がするのです。

迎えるということは、自分にもやさしくなること

玄関にアートを置くことで、他人をもてなす気持ちも、少しだけ自然になりました。わざわざ意識するのではなく、「いつもどおりの空間に、そのまま招き入れる」感覚。それは、誰かに向ける丁寧さを、自分に対しても向けているようなものかもしれません。

アート作品があることで、「暮らしの入り口」が単なる通過点ではなくなっていきます。誰かの靴音が響いたり、玄関マットに残る雨のしずくに気づいたり、季節の光に目をとめたり。ほんの一瞬の余白が生まれることで、日々の慌ただしさにほんの少しだけ、柔らかい手触りが戻ってくるのです。

私はときどき、その作品を入れ替えます。季節によって変えることもあれば、気分で花器を足すこともある。その変化を楽しむこともまた、暮らしに向き合う方法のひとつだと思います。

アートは特別なものではなく、暮らしのなかで呼吸をするもの。玄関に置かれた小さな作品が、誰かを迎え、自分を迎え、日々を少しずつ温かくしてくれる、そんな関係を、これからも大切に育てていきたいと思っています。